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科学関連 2025/08/31

動的粘弾性測定装置とは|原理から装置選定を解説

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高分子材料の研究開発に携わる皆さま、試作品の柔らかさや硬さ、温度による物性変化を定量的に評価する方法でお悩みではありませんか?動的粘弾性測定装置(DMA)は、その答えとなる強力なツールです。しかし、測定原理の理解から装置選定、データ解釈まで、多くの疑問点が存在します。

本記事では、高分子R&D(Research and Development:研究開発)に不可欠なDMAの基礎から応用まで、現場で役立つポイントを徹底解説します。これからDMA導入を検討される方も、既に活用されている方も必見の内容です。

動的粘弾性測定(DMA)とは?原理から理解する基本概念

高分子材料の粘弾性とは何か

高分子材料が示す「粘弾性」とは、固体のような弾性と液体のような粘性を同時に併せ持つ特殊な性質です。

身近な例として、ゴムボールを考えてみましょう。ゴムボールを素早く地面に落とすと弾んで戻ってきます(弾性的挙動)。一方、同じゴムを長時間引っ張り続けると、徐々に変形が残ります(粘性的挙動)。この現象は、高分子材料の分子構造に起因しています。

高分子は長い鎖状の分子が複雑にからみ合った構造を持ち、外部からの力に対して独特な応答を示します。瞬間的な変形には弾性的に反応し、長時間にわたる変形には粘性的に応答するのです。

この二重性こそが高分子材料の魅力であり、同時に評価の複雑さでもあります。動的粘弾性測定装置は、この複雑な粘弾性挙動を定量的に解析し、材料開発や品質管理に不可欠なデータを提供する重要なツールなのです。

DMSとDMAの違い|英語表記と測定原理の国際標準

動的粘弾性測定において、Dynamic Mechanical Analysis(DMA)とDynamic Mechanical Spectroscopy(DMS)という表記の違いが見られることがあります。DMA(Dynamic Mechanical Analysis)は工業規格や装置名で広く用いられる実務用語で、DMS(Dynamic Mechanical Spectroscopy)は主に学術文脈で周波数依存性の解析を強調する呼称として使われることがある。実務上はDMAの表記が一般的です。

国際的にはASTM規格やISO規格では「DMA(Dynamic Mechanical Analysis)」の呼称が標準化されており、TA InstrumentsのQ800をはじめ、主要装置メーカーもDMA表記を採用しています。測定原理は共通しており、試料に正弦波状の外力(応力またはひずみ)を印加し、対応するひずみまたは応力の応答を測定する。

研究開発の現場では、日本国内で「DMS(Dynamic Mechanical Spectroscopy)」と呼ばれる場合もありますが、基本的にDMAと同義であり、測定内容や得られるデータに差はありませんが、記載時は採用する定義や試験モードを明示すると誤解を避けられます。重要なのは、貯蔵弾性率や損失弾性率、損失正接といった基本パラメータを高精度に評価できる装置性能(荷重分解能、温度制御、周波数範囲など)です。

貯蔵弾性率と損失弾性率

動的粘弾性測定装置で得られる最も重要な指標が、貯蔵弾性率(E')と損失弾性率(E'')です。これらは材料の粘弾性挙動を数値化する基本パラメータとして機能します。

貯蔵弾性率は、材料が変形エネルギーをどの程度蓄積できるかを示します。バネのように変形後に元の形状に戻ろうとする性質の強さを表しており、値が高いほど固体的な弾性挙動を示します。一方、損失弾性率は変形時に熱として散逸するエネルギーの量を表し、値が高いほど液体的な粘性挙動が強いことを意味します。

両者の大小関係は目安として材料特性の傾向を示します。実務では減衰の指標であるtanδ(=E''/E')も併記し、tanδ≈1で弾性と粘性が拮抗する目安として解釈します。また、せん断モードで評価する場合はG′/G″を用い、曲げ・引張ではE′/E″を用いる点に注意します。この関係性を温度や周波数を変えて測定することで、材料の詳細な粘弾性特性が明らかになり、製品設計や品質管理に活用できるのです。

位相差と損失正接(tanδ)

損失正接(tanδ)は、損失弾性率(E'')と貯蔵弾性率(E')の比として定義され、材料の減衰特性を示す重要な指標です。tanδ = E''/E'という関係式で表現され、この値は材料がエネルギーをどの程度散逸させるかを数値化したものです。

値が大きいほど粘性的で、小さいほど弾性的な挙動を示します。ガラス転移温度(Tg)付近ではtanδがピークを示すことが多く、転移点の同定に用いられますが、Tgの定義にはtanδピーク/E″ピーク/E′の屈曲点など複数の基準があり、採用基準によって値が異なる点に留意が必要です。

例えば自動車タイヤでは、tanδ@60℃の低下が転がり抵抗の低減(燃費向上)に、tanδ@0℃の高さがウェットグリップの向上にそれぞれ相関する指標として実務で広く用いられます。また、建築用制振材料では、設計の目的周波数帯におけるtanδ(=損失係数:loss factor)の大きさが制振効果を左右し、周波数依存性を踏まえた評価が重要です。

DMA装置の種類と特徴|測定対象に合わせた装置選定ガイド

固体試料用DMA装置の特徴と適用範囲

固体試料用の動的粘弾性測定装置(DMA)は、樹脂・ゴム・複合材料などの固体材料を対象に、微小な正弦波負荷に対する応答を測定して貯蔵弾性率(E′/G′)、損失弾性率(E″/G″)、損失正接(tan δ)を求める評価装置です。

引張・圧縮・曲げ・せん断の4つの変形モードに対応し、試料形状や目的に合わせて代表的な幾何(3点曲げ、シングル/デュアルカンチレバー、サンドイッチせん断、フィルム/ファイバー引張など)を使い分けます。ガラス転移温度(Tg)や分子運動に由来する緩和ピークの検出に優れ、配合や劣化、加工条件の差異による物性変化を高感度に捉えられます。

例えば、ゴムのカーボンブラック含有量の違いに伴うG′やtan δの変化を評価し、配合最適化や品質管理に活用できます。

レオメーターと流体測定|液状・ゲル状試料の評価方法

レオメーターは、液状~ゲル状・ソフトマターの粘弾性を「回転(定常せん断)」と「振動(オシレーション)」で評価する装置で、固体試料中心のDMAと装置カテゴリは異なります(対象・幾何が違う一方で、レオロジー評価として相補的です)。

回転式ではせん断応力–せん断速度関係から流動曲線を取得し、塗料・コーティング・インク・溶融ポリマーの流動特性やチキソトロピーを把握できます。振動式では小振幅(線形粘弾性領域)でG′/G″を測定し、ゲル構造やネットワークの形成・破壊を評価します。温度制御と組み合わせれば、溶融ポリマーの高温域から化粧品・食品の室温域まで、広い温度帯でゾル–ゲル転移点や安定性を定量的に検討できます(実務上はG′とG″の交差〈G′=G″〉をゲル点の指標として用いるケースが一般的)。

測定モードの選択|引張・圧縮・せん断・曲げの使い分け

動的粘弾性測定装置では、材料の形状や特性に応じて4つの測定モードを使い分けることが重要です。

引張モードは、薄膜や繊維材料に最適で、引張荷重によって発生する引張応力を測定します。材料の引張特性を直接評価できるため、フィルムの品質管理などに活用されます。

圧縮モードは、エラストマーやフォーム材料の評価に適しています。圧縮荷重による圧縮応力を測定し、軟質材料の比較評価に威力を発揮します。

せん断モードは最も汎用性が高く、せん断荷重によって発生するせん断応力を評価します。接着剤やゴム材料の界面特性分析に重要な役割を果たします。

曲げモードは、硬質材料の評価に優れており、曲げモーメントによる曲げ応力を精密に測定できます。複合材料や熱硬化性樹脂の機械特性評価において、高い測定精度を実現しています。

国内外の主要DMAメーカーと装置比較

■TAインスツルメント
Discovery DMAシリーズ(DMA 850)は最新のOne-Touch-Away™方式による「アプリスタイル」タッチスクリーンを搭載し、指先で軽くタップするだけで主要な機能を実行できます。これにより、操作性と利便性が大幅に向上しました。

DMA 3200は、特許取得済みのElectroForceリニアモーター技術を搭載し、500Nまでの荷重と1µm~13mmの変位制御を高精度に実現します。低摩擦設計により高い耐久性と信頼性を確保し、潤滑油不要・低騒音で長期的に安定稼働が可能です。研究所から製造現場、クリーンルームまで幅広い環境で利用でき、業界最長クラスの10年保証を備えています。

■Mettler-Toledo
DMA/SDTA 1+は、変位と力を同時に測定することで、弾性係数を極めて高精度に算出できます。 DMAの周波数範囲はkHz帯まで拡張されており、せん断モードでは最大6桁までの測定が可能です。 さらに、DMA実験ウィザードが最適なサンプルサイズを自動的に提示し、正確かつ精密な結果の取得をサポートします。

■NETZSCH
EPLEXOR Seriesは静的荷重用サーボモーターと動的荷重用モーターを組み合わせた世界初の「Wドライブ」システムを採用。最大6000Nの静的荷重と±6000Nの動的荷重を実現し、0.01µmオーダーの高精度変位制御も可能です。交換式センサーにより高荷重から薄膜フィルム・ファイバーまで幅広い測定に対応し、オートサンプラーも用意されています。

■PerkinElmer
昇降温、マルチ周波数、ひずみ・応力制御など多彩な測定モードに対応し、高感度な粘弾性評価を実現します。湿度制御(10~80%)や浸漬測定が可能で、回転式分析ヘッドによりサンプル装着も容易です。6つの変形モードと広い温度(-190~600℃)、周波数(0~300Hz)範囲に対応し、TMA測定も実施可能。さらに「オプティカルウィンドウズ」アクセサリーで分光測定やサンプル観察を行えます。冷却は液体窒素を用いて迅速かつ長時間の低温測定に対応します。

■日立ハイテク
NEXTA ® DMAは刷新された磁気回路と高分解能LVDTにより、低荷重から高荷重まで高精度な測定が可能です。液体窒素を使わない電気冷却式ガスチラーを採用し、安全性を確保しながら低温域での測定を実現しました。自動車・航空機・エレクトロニクス分野をはじめ、高分子材料や複合材の研究開発、さらには品質管理にも幅広く活用できます。

動的粘弾性測定装置(DMA)の導入・仕様はこちら

DMA導入と運用の実務ガイド

導入コストと維持費用

動的粘弾性測定装置の導入には、装置本体だけでなく総合的なコスト計画が不可欠です。DMAの新規導入には数百万円〜1000万円程度の投資が一般的で、特殊仕様を含む場合にはさらに高額になるケースもあります。中古市場では、例えばTA Instruments Q800が約3〜4万USDで取引された事例も報告されています。

設置費用として、電源工事や専用台の準備、環境整備費が別途必要となります。特に温度制御ユニットや冷却システムの選択により、初期投資額が大きく変動します。

維持費用では、治具の交換部品や校正試料の更新、定期点検・保守契約などが継続的に発生しますが、実際の費用や周期は契約条件・使用状況によって大きく変動します。概算として年間数十万円程度の維持費が必要と考えられます。これらの総コストを事前に把握することで、予算計画の精度向上と効率的な運用が実現できます。

研究開発プロセスにおけるDMA活用

研究開発プロセスにおける動的粘弾性測定装置の効果的な活用は、開発ステージごとに異なるアプローチが求められます。初期スクリーニング段階では、多数の候補材料から有望なものを迅速に選別するため、標準的な測定条件での比較評価が中心となります。配合最適化段階では、添加剤の種類や配合比が物性に与える影響を定量的に把握することが重要です。

例えば、カーボンブラック含有量の違いによるゴム材料の機械特性変化を系統的に評価し、目標性能を満たす最適配合を決定します。品質管理段階では、製造ロット間の品質ばらつきを監視するため、ガラス転移温度やtanδピークといった特性値の管理基準を設定し、継続的な測定により品質の一貫性を確保します。

このような段階的なアプローチにより、開発効率の向上と製品品質の安定化が同時に実現できるのです。

測定の外部委託vs自社測定

動的粘弾性測定装置の導入において、外部委託と自社測定のどちらを選択するかは、費用対効果を慎重に検討する必要があります。

外部委託は初期投資を抑制できる点が最大のメリットです。KISTEC(神奈川県産業技術総合研究所)など公設試験機関では、DMA測定の外部委託が可能です。これにより、初期投資を抑えつつ高度なデータを得られる点がメリットです。

一方、自社測定は年間で数百検体以上の測定を行う場合には、外部委託費用総額と比較して自社導入が有利になるケースがあります。迅速な対応と機密保持の観点でも自社測定は優位性を持ちます。

選択基準として、測定頻度、必要精度、予算、技術者のスキル、機密性を総合的に評価することが重要です。頻繁な測定や独自の測定方法が必要な場合は自社導入を、高精度分析や客観性が求められる場合は外部委託を選択するのが効果的でしょう。

次世代DMA技術の展望

動的粘弾性測定装置の技術革新は、近年は1台で曲げ・引張・圧縮・ねじりといった複数モードを切り替え可能な高機能DMAが登場しており、熱・湿度制御やレオロジー機能と組み合わせることで、材料の異方性や複雑な挙動を多角的に評価できるようになっています。

ナノスケール材料への対応では、AFMベースのナノDMA技術により、数十ナノメートルの薄膜や微小領域の粘弾性特性を測定できるようになりました。これは半導体デバイスや有機ELディスプレイの材料開発において重要な技術となっています。

AI・機械学習の活用も進展しており、測定データをもとに材料特性を推定する機械学習モデルが開発されており、大量データを活用した物性予測や品質異常検知の研究が進んでいます。これにより、材料設計支援や品質管理の効率化が期待されています。

まとめ

いかがでしたか?動的粘弾性測定装置(DMA)は、高分子材料の粘弾性を数値化し、研究開発から品質管理まで幅広く活用できる強力なツールです。本記事では原理や測定指標、装置選定のポイント、運用方法やコストまで解説しました。正しく理解し条件を最適化することで、材料の特性を的確に捉え、開発効率や製品品質の向上につなげることができます。